待ってくれている

境内入り口にある掲示板の「ひとこと」を更新しました。

 

墓地参道手前にある掲示板には、日蓮宗で作成される「日蓮聖人のお言葉」を掲示していますが、

こちらの掲示板には、私(副住職)が日々の生活のなかで感じた一言を手書きで書かせて頂いています。

特に上手でもなく味のある字でもないので恥ずかしい限りですが…

 

 

法華経では、一切の存在の平等性が説かれ、

お釈迦様は、

 

「われは一切を観ること あまねく皆 平等にして

  あれが偉い これが偉くない あれが可愛い これが憎い 

    そんな偏った想いは一切持っていないのです」

(我観一切 普皆平等 無有彼此 愛憎之心)

 

こうはっきりと説かれています。

 

ところが、私たち人間のほうは、みんな諸々の因縁によって、

性格や生活・環境などそれぞれ違うので、日々不満を抱いたり他人と衝突したりと

なかなか、「仏さまの大慈悲の心」を実感出来ずにいるのが現実ではないでしょうか。

 

私とて、日々仏様の教えを学びながらも、

心を乱されることが日常茶飯事で、

「こんなことで良いんだろうか…」

と自問自答することが頻繁にあります。

 

でも、それでも、

仏さまは、こんな未熟な自分のことを、きっと信じてくれている。

待ってくれている。

 

そう想えるだけで、

自分のことを嫌いにならずに済む。

転んで傷を負っても、何度でも立ち上がっていける。

そんな気がするのです。

 

きっと、そんな不思議な力というか自信というか、

それこそが、仏様から頂いている「御利益(ごりやく)」なんじゃないのかな。

そう感じます。

 

 

※掲示板を見るタイミングや心持ちによって感じ方も違うとの思いから、

あまり頻繁に更新はしていません。ご勘弁ください。